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第25話 歴史

Category: SM  

平成28年10月16日  曇り
昨夜の花火競技大会は小雨が降るあいにくの天気でしたが約30万人が訪れたようで結構賑わっていました。



今日は縛り「緊縛」の歴史について調べてみました。

日本における“縄”の神聖さを何度も強調したくなる緊縛ですが。。。。
その際、起点となるのは縄文時代で、
“縄文”という名称は、出土した土器の表面に縄目文様がほどこされていたことから付けられました。

人類最古の土器とされる縄文土器。
この不思議な装飾から、日本人の文化が古(いにしえ)より“縄”と密接な関係にあったようです。
そして縄文時代後期にまでさかのぼることができ、日本固有の信仰“神道”へと続くのです。

もともと明確な教義を持たず、汎神論的な自然崇拝・祖先崇拝を基本とする神道。
中でも注目するのは“注連縄”で、

木、岩、川、滝など自然物に廻らされたものや、神社の鳥居や社に架かるものなど、いずれも聖所であることの証しであり、結界としても機能しています。
注連縄の存在は、その内側が神聖であることを示し
この視点から、正月の門松や相撲にまで言及し、“縄”が持つ宗教的神秘性をつまびらかにするのです。

■緊縛の原型「捕縄術・刑罰」
日本における“縄”の歴史と聖性を紐解いたのち、向かう先は「捕縄術」です。
捕縄術は、素早く、確実に相手の動きを統御するための戦闘技術であり、応仁・文明の乱から戦国時代にかけて発達しました。

その間、武芸諸派によって様々な捕縄の形態も考案されていきました。
戦闘に欠かせない技術として重宝された捕縄術は、戦国の世を泰平した徳川時代に入ると、同心(警察)が用いる捕縄術や刑罰へと進化をします。

相手の身分によって縄の結び方が変えられるなど、この頃から実用性のみならず、美観上の配慮もなされるようになったのです。
その縛り方が現代緊縛の原型となっています。
茶道や生け花、さらに包装にいたるまで、日常性を美化する我が国の性質が、捕縄においてもなされることになるのです。

■縛りの美の発生「歌舞伎・浮世絵」
日本固有の実務的要請であった「捕縄術・刑罰」は、見世物としてのドラマ性から「歌舞伎・浮世絵」などにも登場するようになり、
ここに「捕縄術」が一つの美的要請として、すなわちアートとして成立する土台が築かれてきました。

そしてSMを題材とする絵師・物書きが活躍するメディア(主にSM雑誌)の相次ぐ創刊により、「縛り・責め」の市場が形成され、徐々に現代緊縛への形を整えるのです。
ちなみに「緊縛」という熟語が用いられたのは、1952年『奇譚クラブ』誌上だったとされています。

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